飯島 勲|総理が使う政府専用機の解剖図
「リーダーの掟」
政府専用機の乗組員は全員が自衛官です。機長や通信、整備関係などの自衛官スタッフはみな2階にいます。
小山唯史=構成 ※図版は飯島勲氏の話をもとに編集部作成。
キャビンアテンダントは自衛官だった。しかし……
機内食は自衛隊食と同じで、エコノミー並みです。幕の内弁当のようなものがでてきます。飲み物も種類があまりありませんでした。お弁当だけではどうにもおなかがすいてしまうときもあります。そんなときはミニサイズのカップラーメンを食べることになります。
同行する記者は毎回約30~50人です。税金で運航している飛行機ですからタダでは乗せません。通常の航空料金等から概算して、ちゃんと料金を徴収しています。高い料金を払いながら質素な食事なのですから、ある意味、記者も気の毒です。羽田空港を飛び立ったあと、水平飛行になったタイミングで、機内では首相が後ろのほうの記者室まで出向き、外遊の主旨や抱負を語るのです(途中から空港や官邸での会見に切り替え)。
同行記者団は首相や随行団のいる前方のスペースに立ち入ることは許されていません。
政府専用機の乗組員は全員が自衛官です。機長や通信、整備関係などの自衛官スタッフはみな2階にいます。キャビンアテンダントも階級章を着けた女性自衛官ですから、民間航空機のような雰囲気とはいきません。
ただし、喫煙が許されていました。いまや民間航空機は全面禁煙となってしまいました。ヘビースモーカーの私にとっては、政府専用機はおおいに助かりました。
会議室の収容能力は20人程度。関係各省庁の幹部(総勢約30人)の座席が会議室の隣の部屋にありました。
実は、政府専用機は、2機あります。外遊の際には常に2機連れ立って飛んでいることはあまり知られていません。
私はそれぞれ「(エア)フォース・ワン」「フォース・ツー」と呼んでいました。フォース・ワンには、先述したように、総理以下、官邸スタッフ、官僚、記者が乗り込みます。
一方、フォース・ツーは誰も乗せずに空っぽで飛びます。なぜなら、フォース・ツーは、フォース・ワンに万一の事故があったときに急遽乗り換えるための予備機だからです。フォース・ワンとは時間を少しずらせて後を追うように飛ぶのです。
いつもは空っぽのフォース・ツーが活躍したのは一度だけです。平成16(2004)年5月22日、北朝鮮から帰国したとき、拉致被害者が乗ったのです。
私は、機内の電話・FAXを活用し、帰国後のスケジュールや準備のすべてを機内で整えながら帰国しました。普段は、束の間の休息となることも多いフライト時間ですが、このときばかりは休めません。
フォース・ワンとフォース・ツーは、午後9時過ぎに羽田空港に到着。直ちに、家族会の待つ赤坂プリンスホテルへ向かいました。このあとは、皆さんご承知の通り。テレビカメラも入り、時間無制限で家族会への報告を小泉総理は行ったのです。
信号の色を変える警察の「手品」とは
よくテレビなどで、天皇陛下や総理大臣が外遊に出るときに、手を振りながら政府専用機へ乗り込むシーンが報道されています。
総理大臣はどのようにして外国へ旅立つのでしょうか。
旅程は、クルマで羽田空港へ行き、外遊を終えると羽田空港に戻り、クルマで帰るというものです。
通常、天皇陛下や総理、国賓のクルマが道を走るとき、道路のすべての信号は手品のように「青色」になります。隣接する道路はすべて「赤」。
その手品の使い手は警察です。公務に支障が起きないようにするためです。
過去には、ある総理が公邸を使わずに、東京の主要幹線道路を横断する通勤を毎朝していたため、大渋滞になってしまったこともありました。
小泉総理は、仮公邸(五反田)、公邸(官邸横)を使っていたことに加え、外遊に向かうとき以外は「手品」を使わないようにしました。その点、国民生活に配慮したのです。
ただし外遊先での案件がスムーズに行くよう「験担ぎ(げんかつぎ)」の意味も込めて、羽田空港へ行くときだけは、慣例通り「手品」を使いました。ですので、官邸からの外遊は文字通りの直行となるわけです。
政府専用機は、航空自衛隊所属の飛行機で「特別航空輸送隊」(特輸隊)が運航を管理しています。総理の外遊のないときには、北海道の航空自衛隊千歳基地で整備され、待機しています。
また過去に一度も首脳(天皇陛下や首相)が訪問したことがない国に行く場合には、事前に、使用予定の空港に行って、実際の政府専用機が離着陸の“予行演習”を行っています。危機管理上の必要からです。たとえば、南米などには地盤の弱い空港もあり、ジャンボ機で燃料を満タンにしてしまうと重すぎて飛び立てないことがあります。それを防ぐためには「カナダのバンクーバー経由にして、現地での補給は航続距離分ギリギリだけで済ませる」というような事前の計画作りが重要になります。その計画の立案に、実際の航空機でテストするのが一番なのです。
政府専用機で首相の過ごすスペースにはイスと机に加え、ベッドやシャワールームも付いています。官房副長官(初外遊のときは安倍晋三議員)も個室を与えられました(シャワーはなし)。秘書官以下は普通のビジネスクラス程度のイスで過ごします。
われわれ官邸秘書官席のテーブルには電話やFAXが設置されています。音質はとてもクリアです。国内に連絡を取る必要が生じて電話するとき、「政府専用機からなんだけど……」と切り出すと、相手はたいていびっくりしていました。

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